小説家 石野 晶
岩手県出身、岩手県在住。
四葉を見つけるのが得意。
2007年に『パークチルドレン』で第8回小学館文庫小説賞を受賞し小説家デビュー。
2010年には『月のさなぎ』で、第22回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。
徳間文庫より新刊『水光舎四季』発売しました。是非、手にとってみてください。

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ミモザ日誌 3話

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これはネゴノキ村に巡回士としてやってきた私の記録誌です。


 

お昼ごはんにほうれん草のオムレツを作ろうと思って、朝お隣のおかみさんから分けてもらった卵を割りました。

殻はきれいに二つに割れたのに、どうしたのでしょう。ボールにとろりと落ちるはずの白身も黄身も見当たりません。

割れた殻の中を見ると空っぽでした。殻を振るとその中からホロッとこぼれ落ちてくるように、歌声が響いてきました。

『あの子はひなぎくの生まれ変わり

ひなぎくの前は牧場の少女

牛に踏まれたひなぎくに

涙を落として生まれ変わった  』

若い女の人の声です。まるでダンスでも踊っているように、軽やかに華やかに歌っています。地方の童謡でしょうか。聞いたことのない歌でした。

楽しげな歌声に私まで幸せな気分になり、鼻歌で合わせているとふっと歌声は止んでしまいました。

卵はもう一つあります。さっきの歌がまた聞けるかしらと割ってみると、そこから落ちてきたのは歌声ではなくて、言葉でした。

「どこにだってついて行くよ。私にはあんたしかいないんだから」

雪のようにふわりと落ちて消える、柔らかで優しい声でした。

どこかで聞いた声、と考えていて、あ、と思い当たりました。

夕方、隣のおかみさんが訪ねてきました。卵を二つ持っています。

「今朝あげた卵、はずれだったんじゃないかと思ってね」

「あら、当たりでしたよ」

うふふ、と私が笑うと、おかみさんは珍しく恥ずかしそうにうつむきました。

「おかみさんのだんなさんって、どんなかたなんですか?」

ここに引っ越してきてからまだ、私はだんなさんには会っていませんでした。滅多に外に出てこない人のようなのです。

「優しい人だよ。無口だけどね」

「あの、ひなぎくの歌は、どこかの地方の歌ですか?」

「さて、何のことかね」

とぼけてみせて、おかみさんは帰っていきました。

卵は今度は普通に白身と黄身がつまっていて、私はやっとオムレツにありつけました。

 

 

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