小説家 石野 晶
岩手県出身、岩手県在住。
四葉を見つけるのが得意。
2007年に『パークチルドレン』で第8回小学館文庫小説賞を受賞し小説家デビュー。
2010年には『月のさなぎ』で、第22回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。
徳間文庫より新刊『水光舎四季』発売しました。是非、手にとってみてください。

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ミモザ日誌 14話

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これはネゴノキ村に巡回士としてやってきた私の記録誌です。


朝起きて、顔を洗おうと洗面所に入って、何かがおかしいと思いました。何がおかしいのかわからないまま、顔を洗いタオルで拭き、顔を上げた時やっと気がつきました。

鏡の中に、私の姿がないのです。どれだけ眺めてもお風呂場のドアが映るだけで、私がいません。

大変。透明人間になってしまったのかしらと、あわてて外へ飛び出すと、お隣のおかみさんが走ってきました。

「おはようございます。おかみさん」

おかみさんは私のことなど目に入らないように、走っていってしまいました。やっぱり私の姿は、透明になってしまったのかしらと考えこんでいると、向こうからまた誰かが走ってきます。さっき走っていったはずのおかみさんでした。

「ああ、ミモザさん、私を見なかったかい?」

ああよかった。透明人間じゃなかったんだとほっとしながら、答えました。

「おかみさんならさっき、あっちに走っていきましたよ」

「そうかい。ありがとうよ」

また走り出そうとするおかみさんを、あわてて引き止めました。

「どういうことですか? おかみさんが二人いるんですか?」

「あれはね、私の鏡の中の影だよ。年に一度逃げ出す日があるんだ。それが今日なんだよ。あんたの影も逃げてるんじゃないのかい?」

「ああ、それで鏡に何も映らなかったんですね」

「早いとこつかまえたほうがいいよ。日が暮れるまでにつかまえないと、来年まで影なしのままで過ごすことになるからね」

それは大変です。鏡に姿が映らなければ、お化粧もできなくなります。

走り出したおかみさんを追いかけて私も走りだしました。村の中は逃げる影とそれを追いかける人とがあふれて、子供も大人もごっちゃになってみんな走り回っています。

前から走ってくる翼男さんを見つけました。

「やあ、君の影、さっきあっちに走っていったよ」

「ありがとうございます」

教えてもらったほうに走っていくと、また翼男さんが走ってきます。

「やあ、ミモザさん、君の影ならこっちじゃないよ。さっき向こうのほうに走っていくのを見たから」

「え、だってさっき、翼男さんがこっちだって」

「それは僕の影だ。どっちへ行った?」

「あっちです」

翼男さんと別れて、今度こそと、教えられたほうへと走ります。走り回る人達はみんな、知り合いと顔を合わせては、あっちだこっちだと言い合っています。だけど、本物と影とを見分ける方法はなく、村の中はどんどん混乱していきます。

太陽が高くなるにつれて、あちこちから「見つけた」「つかまえた」という声が聞こえてくるようになりました。走り回る人も、だんだん少なくなっていくようです。だけど私の影は、ちらっとも姿を見せません。

お昼も過ぎて、朝から何も食べていない私は疲れきって、ひとまず家へと戻りました。

ドアを開けると、そこに私がいました。椅子に腰掛けてのんびりお茶を飲んでいます。

「見つけた!」

思わず叫ぶと影の私はびっくりして、お茶を引っくり返します。逃げ出そうとする影の腕を慌ててつかまえると、その瞬間私の手の中に吸いこまれるように影は消えてしまいました。

鏡の前に立ってみると、いつもどおり、私の姿がそこに映っていました。

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