ミモザ日誌 17話
これはネゴノキ村に巡回士としてやってきた私の記録誌です。
庭で草むしりをしていたら、楽しそうな歌声が聞こえてきました。
ランランラララララン。ランランラララララン。
垣根の外へ出てみると、翼男さんが背の高い男の人の両肩に手を置いて、ダンスを踊っています。
「ミモザさんもどうですか?」
楽しそうなので、私も翼男さんの後ろに続きました。背中の羽がちょっと邪魔ですが、翼男さんの両肩に手を置いて、二人の真似をして足を出します。
「右、右、左、左、前にジャンプ、後ろにジャンプ、前、前、前」
歌に合わせて翼男さんが、親切に教えてくれます。ダンスしながら進んでいくと、村のあちこちの家から人が出てきて、私も私もと、ダンスの列がどんどん長くなっていきます。
ランランラララララン。ランランラララララン。
口ずさむ声がどんどん大きくなり、ちょっと振り向いてみると、私の後ろにずらっと人が並んでいてびっくりしました。
「ところで今日は、タマゴちゃんは一緒じゃないんですか?」
翼男さんは、いつでもタマゴちゃんを連れて歩いています。初めて会った時は翼の中にいたタマゴちゃんは、すくすく成長していました。
「タマゴなら、前にいるよ」
「えっ、だってその人は…」
翼男さんの前にいるのは、すらっと背の高い男の人です。あの小さかったタマゴちゃんのはずがありません。
右、右、左、左、ジャンプ、ジャンプ。
ダンスを続けながら、翼男さんが説明してくれます。
「タマゴはね、僕の子供じゃないんだ」
「どういうことですか?」
「ミモザさんがこの村に来る一ヶ月くらい前のことだったかな。広場にある木の下で、卵を見つけたんだよ。抱えなきゃいけないような大きな肌色をした卵だった」
ランランラララララン。歌声がまた大きくなり、気をつけていないと、彼の声を聞き逃しそうです。
「何が出てくるかと思って、翼で抱えて卵を温めていたんだけど。一週間後に生まれたのがタマゴだった。人の姿をしているのには驚いたけどね。翼の中で育てていたら、どんどん大きくなって、この数日で一度に大きくなって僕の背まで追い越してしまった」
翼男さんの声は、何だかさびしそうです。卵から生まれたタマゴちゃんは、長い列の先頭で前を見つめたままです。
「これはね、タマゴの見送りの列なんだよ」
彼の言葉に、胸をつかれたような気がしました。見送りということは、タマゴちゃんはどこかに行ってしまうのでしょうか。
後ろを向いてみると、人の列は最後が見えないほどに繋がっていました。村中の人が並んでいるようです。歌声がわんわんと空へと響きます。
「タマゴはね、何になるか、自分で決めたんだよ」
少しだけほこらしげに、翼男さんが言った時でした。タマゴちゃんが足を止め、列の動きも歌も止まりました。
タマゴちゃんの背中に、白い翼がついているのが見えました。
「お父さん、今までお世話になりました」
ペコリと頭を下げて、タマゴちゃんは羽を動かしました。白い羽根があたりに散って、ふわりとタマゴちゃんの体が空に浮きます。
「元気でね」
手を振る翼男さんに手を振り返し、羽ばたくとタマゴちゃんは空高く飛び立ちました。
「タマゴちゃんは、飛べるんですね」
「僕の子ではないからね」
翼男さんは、泣きそうな顔をしていました。
「子供じゃなくても、子供みたいに大事だったんですね」
「そうだね」
翼男さんは前を向いて、ダンスを始めました。その肩に手を置くと、私の後ろにまた列が繋がっていき、歌が響き始めます。
タマゴちゃんを見送る列は、どこまでもどこまでも続いていました。
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