小説家 石野 晶
岩手県出身、岩手県在住。
四葉を見つけるのが得意。
2007年に『パークチルドレン』で第8回小学館文庫小説賞を受賞し小説家デビュー。
2010年には『月のさなぎ』で、第22回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。
徳間文庫より新刊『水光舎四季』発売しました。是非、手にとってみてください。

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ミモザ日誌 18話

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これはネゴノキ村に巡回士としてやってきた私の記録誌です。


タマゴちゃんがいなくなってから、翼男さんはいつもさびしそうにしています。背中の羽がだらりと力なくたれていて、元気がないのが一目でわかります。

「タマゴがいないと、背中がスースーするんだ」

そう言いながら、翼男さんはため息をつきます。

どうしたら元気になってくれるのかしらと考えて、私は私にしかできないことをやることにしました。

スケッチブックを開くと、出会った時から旅立つ時まで、私の知っているタマゴちゃんを描きました。鉛筆で色んなタマゴちゃんを何枚も描き、これだという一枚を選び出しました。

巡回の時間以外、私は朝から夜まで筆を持ち絵に向かいました。閉じこもっているのを心配して、隣のおかみさんが差し入れに来てくれたほどです。一週間かけて、タマゴちゃんの絵は完成しました。

できあがった絵を額に入れ、翼男さんの家を訪ねます。

「ミモザさん。何だか久しぶりだね」

「はい。しばらくこれを描いていました」

絵を見せると、懐かしそうな顔で翼男さんはそれを眺めました。描いたのは私が初めて会った時のタマゴちゃんです。翼に包まれて微笑んでいます。

「お父さん、元気ないですね」

突然響いた声に、私と翼男さんは顔を見合わせました。絵の中のタマゴちゃんの口が動いて、また声がします。

「ちゃんとご飯食べてますか?」

思わず翼男さんが答えます。

「あんまり食欲なくて」

「だめですよ。ちゃんと食べないと」

「はい。ごめんなさい」

絵を伏せて、翼男さんが私を見ました。

「ミモザさんにこんな力があるとは知らなかったな」

「私は何もしてませんってば」

「絵に命が宿ったから、こんなことが起きるんだろう。それは描く人間の力によるものだよ」

翼男さんは、しばらく絵の中のタマゴちゃんと会話を楽しんでいました。イスに腰掛ける翼男さんと背中あわせで、私は二人の会話を聞いていました。少しずつ、翼男さんが元気を取り戻していくのがわかります。

しばらくしてタマゴちゃんの声が「ではさようなら。また来ます」と言いました。

翼男さんが、背中合わせのままで言います。

「ミモザさんは、どこにも行かないよね」

「この村が好きなので、どこにも行きませんよ」

「そうか、よかった」

背後でふわりと翼の広がる気配がしました。白い羽がそっと私の肩を包みました。

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