ミモザ日誌 18話
これはネゴノキ村に巡回士としてやってきた私の記録誌です。
タマゴちゃんがいなくなってから、翼男さんはいつもさびしそうにしています。背中の羽がだらりと力なくたれていて、元気がないのが一目でわかります。
「タマゴがいないと、背中がスースーするんだ」
そう言いながら、翼男さんはため息をつきます。
どうしたら元気になってくれるのかしらと考えて、私は私にしかできないことをやることにしました。
スケッチブックを開くと、出会った時から旅立つ時まで、私の知っているタマゴちゃんを描きました。鉛筆で色んなタマゴちゃんを何枚も描き、これだという一枚を選び出しました。
巡回の時間以外、私は朝から夜まで筆を持ち絵に向かいました。閉じこもっているのを心配して、隣のおかみさんが差し入れに来てくれたほどです。一週間かけて、タマゴちゃんの絵は完成しました。
できあがった絵を額に入れ、翼男さんの家を訪ねます。
「ミモザさん。何だか久しぶりだね」
「はい。しばらくこれを描いていました」
絵を見せると、懐かしそうな顔で翼男さんはそれを眺めました。描いたのは私が初めて会った時のタマゴちゃんです。翼に包まれて微笑んでいます。
「お父さん、元気ないですね」
突然響いた声に、私と翼男さんは顔を見合わせました。絵の中のタマゴちゃんの口が動いて、また声がします。
「ちゃんとご飯食べてますか?」
思わず翼男さんが答えます。
「あんまり食欲なくて」
「だめですよ。ちゃんと食べないと」
「はい。ごめんなさい」
絵を伏せて、翼男さんが私を見ました。
「ミモザさんにこんな力があるとは知らなかったな」
「私は何もしてませんってば」
「絵に命が宿ったから、こんなことが起きるんだろう。それは描く人間の力によるものだよ」
翼男さんは、しばらく絵の中のタマゴちゃんと会話を楽しんでいました。イスに腰掛ける翼男さんと背中あわせで、私は二人の会話を聞いていました。少しずつ、翼男さんが元気を取り戻していくのがわかります。
しばらくしてタマゴちゃんの声が「ではさようなら。また来ます」と言いました。
翼男さんが、背中合わせのままで言います。
「ミモザさんは、どこにも行かないよね」
「この村が好きなので、どこにも行きませんよ」
「そうか、よかった」
背後でふわりと翼の広がる気配がしました。白い羽がそっと私の肩を包みました。
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